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第4回 まち歩き

 開催日時:平成29年3月11日(土)13:3016:30

 ルート  1330 八丁畷駅→横浜熊野神社→市場西中町→鶴見橋関門旧跡→鶴見神社  京急鶴見駅1630 解散

加 者:10

 

04回まち歩きは、旧東海道を歩くという今迄以上に歴史探訪的色彩の濃い内容と、横浜市建築士事務所協会理事長・平山理事長がまちセンのメンバーとして主体的に係っている『鶴見区市場西中町の防災まちづくり計画』の現場も視察し、新旧取り合わせのまち歩きとなりました。

 

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現在の京急八丁畷駅から京急鶴見駅までの間は、江戸時代、日本橋から5里(約20Km)に位置し、朝日本橋から歩き始めた旅人が午後2時頃この辺りに到達し、『いやぁ、歩いたぁ』と一息着きたくなる辺りです。

 

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また旧街道沿いはどこもそうですが古い神社仏閣が多く散在し、今回立ち寄った横浜熊野神社、金剛寺、鶴見神社等数多くの由緒ある神社仏閣が多くありました。

 

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鶴見区市場西中町の防災まちづくり計画』は江戸時代から庶民に親しまれている一里塚(日本橋から一里毎に置かれた道標)周辺を公園として再開発し、古いものと新しいものの共存を図っています。また私有地所有者の許可を得て道の名称を示す看板の掲示や、ゴミ集積所のゴミ出し可能エリアの明確化、防災公園(きらきら公園)の整備等、地道ながら非常に効果的なまちづくりの取り組みがなされていました。

 

 

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鶴見川を渡ってすぐのところに、幕末に生麦事件の様なテロ事件が頻発したことからご府内(江戸)へ入る時の関門跡(検問所跡)がありました。生麦事件は現在の鶴見区生麦で1862年に薩摩藩士がイギリス人を殺傷した事件で、これの報復で翌1863年に薩英戦争が起き、イギリスの凄まじい軍事力に恐れ慄いた薩摩藩が、攘夷を捨てて新英倒幕へ転じ一気に大政奉還への流れが出来ました。その意味で生麦事件は歴史を一変させた契機となる事件でした。そんな歴史の一旦が、まち歩きの最後、現存する史跡から垣間見られました。

 

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